title:進化論 ver.1.2j
木村応水 作
1997


 『創世記』 1.20-28
 神は言われた。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」
 神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞ
れに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良し
とされた。神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
 夕べがあり、朝があった。第五の日である。
 神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれ
ぞれの生き物を産み出せ。」
 そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞ
れの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。神は言
われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、
家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。
 神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上
を這う生き物をすべて支配せよ。」


 『複雑系』 M.ミッチェル・ワールドロップ
 科学の役割はじつにさまざまだ、とドイン・ファーマーはいう。事実
やデータを体系的に蓄積するのも科学である。それらの事実を説明する
論理矛盾のない理論を構築するのも科学である。また、新しい材料、新
しい薬、新しい技術を発見するのも科学である。
 しかしほんとうは、科学の役割は語り部、この世界がどんなものなの
か、また、この世界がどのようにしていまのような姿になったのかを説
明する物語を語ること、にある、とファーマーはいう。創造神話、英雄
伝説、おとぎ話などの古くからある説明と同様に、科学が語ってくれる
物語は、われわれ人間が何なのか、また、われわれは宇宙とどのように
かかわっているのかについて、なにがしかの理解を得るのに役立つ。宇
宙が、およそ百五十億年前のビッグバンの瞬間に爆発とともに誕生した
様子を語る物語があり、クオークや電子やニユートリノといったものが、
途方もなく熱いプラズマとしてビックバンから飛び出してきた様子を語
る物語があり、これらの粒子がしだいに凝縮して、銀河、恒星、惑星な
ど、いまわれわれが目にしているものを形成していった様子を語る物語
があり、太陽がほかの恒星と同じような恒星であり、地球がほかの惑星
と同じような惑星であることのいわれを語る物語があり、生命がどのよ
うにして地球上に誕生し、四十億年という地質学的スケールの時間をか
けてどのように進化してきたかを語る物語があり、また、人類がおよそ
三百万年前にアフリカのサヴァンナにはじめて現れ、それからゆっくり
と道具や文化や言語を獲得してきた様子を語る物語がある。


 『グロテスク』 パトリック・バグラア
 ヴイクターが帰るのは残念だった。このチビが気に入っている私は、
両親の目を盗んでヴイクターに十シリング札を渡し、フロイトなどやめ
て、ダーウインを読むようにいった。「『種の起源』を読むんだよ。自
分がどこからきたのかよくわかる」ふさふさした髪の毛が目のところま
で垂れ下がるなか、ヴイクターは、コール一族の特長である大きな前歯
を下唇の上に突き出しながら、きかん気そうににやりと笑い、ちまちま
した指で喉首を掻っ切る仕草をして、「そんなのお断りさ!」といった。
私は、一、二回、ヴイクターを小突く真似をしてから、握手をかわし、
そのまま納屋に向かった。


 『フアミリーダンシング』 デイビツド・レーヴイツト
「どうしてあの子はわたしにこんな仕打ちをするの」ローランズ夫人が
涙声でいった。「あの子は少しずつすごくよくなってきてて、ユダヤの
教会堂へも行ったぐらいだったのよ。それに、あの子は物理学を専攻し
てたのよ。物理学よ。それなのにあの子ったら、ある日家へ帰ってきて、
突然キリストを見いだしたっていうの。おまけに、わたしたちを自分の
親を改宗させようとまでしたのよ。テツドがどんなに狼狽したかわかる?
それでも彼はあの子と話し合おうとしたわ。でもあの子は、進化論さえ
認めようとしないの。物理学を専攻してた、あの子がよ。あの子はいま、
聖書に書いてあることはすべて正しいと思ってるわ。その結果があのざ
まよ」


 『グリーン・マン』 モングスリイ・エイミス
「ここにあるスエーデン・チユーリップの花束のために、わたしが説教
の準備をするなんて思わないでしょう? 椅子の背おおいやボタン式の
深靴と同じように、きょうび説教なんかもう時代遅れだぐらいわかって
ないといけませんね」
「それから進化論もね」
「それから進化論も、確かにそうです。とにかく今夜はクリフ卿に説教
をしてもらいますよ。別にそんなことしても……ちょっとちょっと、ど
こへいくんです?」


 『水平思考の世界』 エドワード・デボノ
 チヤールズ・ダーウインは進化論の研究発見に、二十年以上の歳月を
費やした。ある日、アルフレッド・ラッセル・ウオーレスという若い生
物学者の一片の論文を読んだところ、皮肉にも、その論文の中で、適者
生存による進化論が整然と明確に記述されていた。ウオーレスは、東イ
ンド諸島で一週間、一時的精神錯乱状態にあった間にこの理論を考えつ
いたという。つまり、一つのアイデアを完全に開発するには、長い年月
の努力が必要かもしれないが、アイデアそのものは、一瞬の洞察力(直
感)の閃きから生まれるものである。


 『カラハリの失われた世界』 ヴァン・デル・ポスト
 私の育った世界では、生命における変化と発展というものは、因果関
係の連続する過程であり、何千年にわたって少しずつ倦まずたゆまず行
われていくものだと信じられている。天地創造の例外を除けば(すべて
の善良なアフリカーナの少年は、これがたいへん精力的に遂行されたの
で、混沌から始まってイチジクの葉とアダムに終わるまでにたった六日
間しかかからなかったことを知っている)、生命の進化は遅々として、
確実な、結局は実証できる過程だとみなされている。ところが私は、歴
史書をひもとくようになるが早いか、この考えに疑問を抱くようになっ
た。私には、人間社会や生物というものは、そのように平和で合理的な
進歩の法則からは全く外れているように思われた。人類の進歩は、堅実
な進化の法則にしたがうどころか、たいして説明のつかない、いつもき
まって暴力的な突然変異の産物のように思われた。人類の文化全体、個
々の人間の集まり、すべてが何世紀もの間静態社会の中に囚われていて、
人々は長い苦悩の果ての無関心さでそれに耐えているようであったが、
あるとき突然、これといって何の理由もないのに、極端な変化と荒々し
い進歩の大波に巻きこまれることになった。長期にわたる生命の動きは、
ダーウインの学説における蛾の幼虫ではなく、不意を打たれたカンガル
ーのようなもので、未来に向かって予測もつかないホップ・ステップ・
ジャンプを繰り返していくもののように見える。