title:Girlfriend ? ver.2.0j
木村応水・キクヤヨシミ 作
1996


 『自由か愛か!』 デスノス
何年も前から歩きつづけているジャンヌ・ダルカンシエルは、『地底
旅行』を小脇にかかえて氷河のスフィンクスの前に辿りつく。
 彼女は謎を解きたいと申し出る。

     謎

 《太陽よりも高く昇り、火よりも低く下るもの、そして風よりも流動
的で、御影石よりも固いものは何か?》
 少しも考えずに、ジャンヌ・ダルカンシエルはすぐに答える。
「ビン」
「そのこころは?」とスフィンクスが尋ねる。
「あたしがそう望むから」
「結構だ、通ってよろしい。お前は心身ともにオイディプス王さながら
の謎解きの名人だ」


 『恋愛小説』 片岡義男
「やめたほうがいいわ」
と美也子は言った。
節子に対する祐一の気持ちが、特別に強いものでなはいことを確かめて
から、美也子は、
「やめたほうがいいのよ」
と、くりかえした。
「願いごとをいちいち聞いて、それをかなえてあげていたら、やがてか
ならず、相手の時間のなかにとりこまれてしまうわ。よくないことよ。
とんでもない目にあうことだって、あるのだから。結婚してほしい、と
言われたらどうするの?」


 『ハムレット』 シェークスピア
ハム ハッハッハッ…君は堅気な女か?
オフェ え?
ハム 君は美しい女か?
オフェ なんのことでございます?
ハム いや、君が堅気で美しけりゃ、なれなれしく近づくことを許して
   はならぬ、と言うのさ。
オフェ 美しさには、堅気にまさるお友だちがございましょうか?
ハム 無論ある。だって美しさの力は、堅気が美しさを同化する以上た
   やすく、堅気を売女にしてしまうものだから。これは以前はパラ
   ドクスだったんだが、現代は、あたりまえのことになってしまっ
   た。ぼくは、あなたを愛していたよ。
オフェ ええ、わたしも、つい、そう信じておりました。
ハム ぼくなぞを信じてはならなかったのだ。元来徳というものは、わ
   れわれの古い台木に接ぎ木ををしても、台木のもとの気は抜け切
   るものではない。ぼくはあなたを愛してはいなかったのだ。
オフェ 浅はかな、思い違いをしておりました。
ハム 尼寺へ行き給え。なぜぼくなぞの罪深い子供を産み育てたいのだ?


 『おきに召すまま』 シェークスピア
ロザリンド さあ、あたしをうんと口説いてちょうだい。いまあたしは、
      機嫌がよくって、ほだされそうなのよ。もしあたしがあな
      たの、ほんとの、ほんとの、ロザリンドだったら、なんと
      おっしゃるつもりなの?
オーランド なんとかいうまえに、接吻しますよ。
ロザリンド いえ、まずなんとかいったほうがいいでしょう。いう種が
      なくなって困ってしまったら、機をうかがって接吻するの
      もいいでしょう。すばらしい雄弁家は、つまったら、唾液
      を吐く。恋人が(神よ、困ったことでございます)いう種
      がなくなれば、まず接吻して場をふさぐのが、いちばんう
      まいやり方。
オーランド 接吻を、拒まれたらどうしますか。
ロザリンド すると彼女は、あなたが嘆願するのを待つわけで、そこで
      また新しい言葉の種が出てくる。
オーランド 恋した女の前に出て、言葉につまる人などあるでしょうか。
ロザリンド もしあたしがあなたの恋人だったとしたら、そうあっても
      らいたくおもうわ。だまらせることができないようでは、
      このあたしの知恵が、あたしのお行儀よさに負かされるっ
      てことになる。


 『抱擁家族』 小島信夫
「ねえ、あんた」
と時子はまだうすら寒く、コタツの中に足を入れて横になりながら、や
はり、少し離れて横になっている夫に話しかけた。
「何だ」
と俊介がこたえると、時子の足がのびてきて彼の足の指をぎゅっとはさ
んだ。
「こんなことあんたは堪えなくちゃ駄目よ。冷静にならなくっちゃ。あ
んたは喜劇と思うぐらいでなくっちゃ。外国の文学にくわしいんだもの」
「喜劇? なるほど、そうか」
「悲劇のように考えるのは、もう古いわよ。あんたの物の考え方はそう
じゃなかった?」
俊介は考えこんだ。


 『風と共に去りぬ』 マーガレット・ミッチェル
 彼は、彼女と商売の話をするのを、結婚前に好きであったのとおなじ
程度にきらいになった。結婚前には、彼はそんなことは、すべて彼女の
知的理解力を越えたものと思って、いろいろなことを彼女に説明してや
るのがうれしかった。だが、いまでは彼女が理解しすぎるほど理解して
いることがわかった。そこで彼は、女に裏表のあることを一般の男性が
感じるのとおなじように感じて憤慨したのである。なおその上に、女に
も頭脳があることを発見して、一般の男性が味わうのとおなじような幻
滅を味わった。


 『鰯の埋葬』 フェルナンド・アラバール
 アルターゴは、偶然のできごとのなかに、前兆を見い出すコツを教え
てくれた。十三という数字や交差した二本のフォーク、それに小麦粉の
円の上で切られた十字や、部屋のなかで広げられた傘が何を意味するか
も教わったが、ほとんどみな忘れてしまった。
アルターゴは言った。
「わたしが教えることは、なんでも覚えておかなきゃいけないわよ」
ぼくは言い返した。
「なぜなの?」
アルターゴは怒って答えた。
「これは命令なのよ」
ぼくは言った。
「ぼくは物覚えがいいほうじゃないんだ」
アルターゴは口をつぐんだ。
次の日、彼女がぼくに尋ねた。
「夕べの蜘蛛には、どんな意味があるの?」
ぼくは言った。
「贈り物」
すると彼女は、スカートの下に入れていた鞭でぼくを打ち、「夕べの蜘
蛛は希望」と繰り返させた。「夕べの蜘蛛は希望」ぼくは繰り返して言
った。


 『各駅停車』 ぐみ
 そうこう思いあぐねているうち、エレクトオヤジ、何を思ったか、私
の視線を肴に自分の息子をさすりはじめた。ヤッバーイ。カンペキ、ヤ
バイ。しかし、その直後、うら若き私、目が座った。開き直ったのだ。
「おう、オヤジ、飛ばすんなら飛ばしてみろってんだ、とくと見てやろー
じゃないの。あたしゃ、一度でいいから男がマスターベーションしてい
る姿を見てみたかったんだよ」という空気を、例えるとドラゴンボール
Zの”カメハメハ”のように、ブワーンと投げかけた。三白眼になって
陶酔しかけていたオヤジは、娘の強気の視線に気がついたらしい。ミス
ターエレクトは私をじっと見た。私は、「はいはい、それで、それから
どーすんの?」ってな、十代の女の子にはあるまじき強靭な態度で薄笑
いを浮かべた。しばらくすると、そいつはさすってた手を止めた。彼の
ムスコは自己主張を諦めたかのように、しなしなと下降し、小さくなっ
た。ちょうどうまい具合に駅にたどり着いた。しおチンオヤジはその駅
で降りた。


 『イーディ』 ジーン・スタイン&ジョージ・フリントン
 イーディは、メチャクチャ切れ者のオカマが好きだったね。何でも知
ってるホントの賢いやつらをね。彼女は、並みじゃない、すごく洗練さ
れた、冴えてるオカマの友達を欲しがった。彼女の体に手出ししないよ
うなね。あれは黄金時代だったね、あの年のケンブリッジは。あのとん
でもないオカマちゃんたちと可愛い子に、どうしようもない変態でも。
ほとんどみんな、呆気にとられてたね。


 『オーランド』 ヴァージニア・ウルフ
「君はほんとうに男じゃないの?」と彼が心配そうに訊くと、
「あなたが女でないなんて信じられない」と答えるので、二人はすぐに
それを実証しあわなくてはならなかった。お互いの気持ちが余り速やか
に一致するのは驚きだったし、それに女が男と同じほど寛容で素直に何
でも言い、男が女のように神秘的で細やかだなんて、二人にとって新発
見だったから、直ちにことを立証する必要があったのだ。


 『アンチオイディプス』 ドウールーズ&ガタリ
 われわれは、統計学的あるいはモル的には異性愛であるが、しかし、
個々の人物としては、それと知らずに、あるいはそれと知りつつ、同姓
愛であり、要素的あるいは分子的には、結局は〈横断性愛〉である。


 『シャネル』 E.シャルル・ルー
 八十一歳を過ぎた年に、ガブリエルはたいへんあからさまな言葉と身
ぶりで、馬の上手な乗り方の秘密や、またがり方について、こう説明し
ている。
「上手にまたがるには、方法はたった一つだけ。大事なこう丸があるつ
もりになるの(ここで身ぶりをして)、それで、これを潰しちゃいけな
いって考えるのよ。そうよ。わたしの言うことわかる?」

 このようにして、「モーヴ色のドレスの長い裾を後にながながと引い
て」いる女性は、もう見られなくなってしまった。すでに服装は、一人
で着て、またたく間に脱ぐことのできる、今後自分のことは自分でやる
という、自由な考えを持つ婦人のものだった。郷愁を抱いて、美しい故
人を偲ぶ大勢の人々は、オルペウス(古代ギリシャの伝説上の人物。妻
エウリュディケーが世を去ったのを悲しみ、彼女を追って冥界にくだる)
のように、むなしく嘆くだけだった。プルーストが女性の服装を見て叫
んだ「何と残念な!」とか「何てひどい!」とかいう言葉が、ますます
人の口をついて出るようになる。「布地などと言えるものではない」ド
レスを見て、プルーストがどんなため息を洩そうと、「月並な婦人たち」
を前にしてどんなに悲しもうと、もうスワン夫人(プルースト『失われ
た時を求めて』の作中人物)は甦らないのである。
 世間は、この新しい洋裁師に、何となくがっかりさせられた。彼女は
まったく新しい女で、彼女の創る服装には何かをほのめかすようなとこ
ろがなかった。理由を聞いてもむだだった。彼女は遊びの法則を、わざ
と狂わせてしまったのだから。


 『第二の性』 ボーボワール
 このように女性の運命と社会主義の運命は密接に関連している。この
ことはまたベーベルが女性のために書いた膨大な書物のなかでも示され
ていることだ。《女性とプロレタリアは》と彼はいっている、《ともに
被圧迫階級である》。両者を解放するものは、おなじく機械産業によっ
てもたらされた変動からくる経済の発展である。女性の問題はその労働
能力の問題に帰着する。技術がその能力に適合していた時代には権威を
有し、能力の使用が不可能になるとともに威信を失った女性は、近代社
会の中に男性との平等性を再発見するのである。大多数の国家でこの平
等は完全に実現されるであろう。すでにソビエト連邦ではそうなってい
る、とソ連の宣伝は断言している。そして社会主義的社会が全世界で実
現されるときには、もはや男性も女性もなくなり、ただ互いに平等な勤
労労働者だけになるだろう。


 『ブレヒト 私の愛人』 ルート=ベアラウ’
 ブレヒトは私に宛てた手紙の中でこう書いたことがある。
「僕の知っている人間の中で、君が一番気前がいい・・・・」


 『ディアギレフ』 リチャード・バックル
 ディアギレフは最後にこう言った。
「この世に、かけがえのない者なんていやしない。また別を見つけるさ」