title:フユーチャーマーケット ver.1.0j
(トランスフォーメーション第三宣言)
木村応水 作
1999.6


 ジョージ・ソロスは夢を見た。ハドソン川のほとりに立っていると、
突然、つややかな、よく肥えた七頭の雌牛が川から上がって来て、葦辺
で草を食べ始めた。すると、その後から、今度は醜い、やせ細った七頭
の雌牛が川から上がって来て、岸辺にいる雌牛のそばに立った。そして、
醜い、やせ細った雌牛が、つややかな、よく肥えた七頭の雌牛を食い尽
くした。ジョージ・ソロスは、そこで目が覚めた。
 ジョージ・ソロスがまた眠ると、再び夢を見た。今度は、太って、よ
く実った七つの穂が、一本の茎から出てきた。すると、その後から、実
が入っていない、東風で干からびた七つの穂が生えてきて、実の入って
いない穂が、太って、実の入った七つの穂をのみ込んでしまった。ジョ
ージ・ソロスは、そこで目が覚めた。それは夢であった。朝になって、
ジョージ・ソロスはひどく心が騒ぎ、ウオールストリート中の魔術師と
賢者をすべて呼び集めさせ、自分の見た夢を彼らに話した。しかし、ジョ
ージ・ソロスに解き明かすことができる者はいなかった。
 そのとき、トレーダーの長がジョージ・ソロスに申し出た。
「わたしは、今日になって自分の過ちを思い出しました。かつてジョー
ジ・ソロスがしもべどもについて憤られて、IMFにある牢獄にわたし
とS&Lの長を入れられたとき、同じ夜に、わたしたちはそれぞれ夢を
見たのですが、そのどちらにも意味が隠されていました。そこには、I
MFに仕えていた日本人のトランスフォーマーがおりまして、彼に話を
したところ、わたしたちの夢を解き明かし、それぞれ、その夢に応じて
解き明かしたのです。そしてまさしく、解き明かしたとおりになって、
わたしは元の職務に復帰することを許され、S&Lの長は木にかけられ
ました。」
 そこで、ジョージ・ソロスはタロウを呼びにやった。タロウは直ちに
牢屋から連れ出され、散髪をし着物を着替えてから、ジョージ・ソロス
の前に出た。ジョージ・ソロスはタロウに言った。
「わたしは夢を見たのだが、それを解き明かす者がいない。聞くところ
によれば、お前は夢の話を聞いて、解き明かすことができるそうだが。」
 タロウはジョージ・ソロスに答えた。
「わたしではありません。神がジョージ・ソロスの幸いについて告げら
れるのです。」
 ジョージ・ソロスはタロウに話した。
「夢の中で、わたしがハドソン川の岸に立っていると、突然、よく肥え
て、つややかな七頭の雌牛が川から上がって来て、葦辺で草を食べ始め
た。すると、その後から、今度は貧弱で、とても醜い、やせた七頭の雌
牛が上がって来た。あれほどひどいのは、ウオールストリートでは見た
ことがない。そして、そのやせた、醜い牛が、初めのよく肥えた七頭の
雌牛を食い尽くしてしまった。ところが、確かに腹の中に入れたのに、
腹の中にいれたことがまるで分からないほど、最初と同じように醜いま
まなのだ。わたしは、そこで目が覚めた。
 それからまた、夢の中でわたしは見たのだが、今度は、とてもよく実
の入った七つの穂が一本の茎から出てきた。すると、その後から、やせ
細り、実が入っておらず、東風で干からびた七つの穂が生えてきた。そ
して、実の入っていないその穂が、よく実った七つの穂をのみ込んでし
まった。わたしは魔術師たちに話したが、その意味を告げうる者は一人
もいなかった。」
 タロウはジョージ・ソロスに言った。
「ジョージ・ソロスの夢は、どちらも同じ意味でございます。神がこれ
からなさろうとしていることを、ジョージ・ソロスにお告げになったの
です。七頭のよく育った雌牛は七年のことです。七つのよく実った穂も
七年のことです。どちらの夢も同じ意味でございます。その後から上が
って来た七頭のやせた、醜い雌牛も七年のことです。また、やせて、東
風で干からびた七つの穂も同じで、これらは七年の飢饉のことです。こ
れは、先程ジョージ・ソロスに申し上げましたように、神がこれからな
さろうとしていることを、ジョージ・ソロスにお示しになったのです。
今から七年間、アートワールド全体に大豊作が訪れます。しかし、その
後に七年間、飢饉が続き、アートワールドに豊作があったことなど、す
っかり忘れられてしまうでしょう。飢饉がウオールストリートを滅ぼし
てしまうのです。ウオールストリートに豊作があったことは、その後に
続く飢饉のために全く忘れられてしまうでしょう。飢饉はそれほどひど
いのです。ジョージ・ソロスが夢を二度も重ねてみられたのは、神がこ
のことを既に決定しておられ、神が間もなく実行されようとしておられ
るからです。このような次第ですから、ジョージ・ソロスは今すぐ、聡
明で知恵のある人物をお見つけになって、ウオールストリートを治めさ
せ、また、監督官をお立てになり、豊作の七年の間、ウオールストリー
トの産物の五分の一を徴収なさいますように。このようにして、これか
ら訪れる豊年の間に食料をできるかぎり集めさせ、食糧となる穀物をジョ
ージ・ソロスの管理の下に蓄え、保管させるのです。そうすれば、その
食糧がウオールストリートを襲う七年の飢饉に対する備蓄となり、飢饉
によってウオールストリートが滅びることはないでしょう。」
 ジョージ・ソロスとトレーダーたちは皆、タロウの言葉に感心した。
ジョージ・ソロスはトレーダーたちに、「このように神の霊が宿ってい
る人はほかにあるだろうか」と言い、タロウの方を向いてジョージ・ソ
ロスは言った。「神がそういうことをみな示されたからには、お前ほど
聡明で知恵のある者は、ほかにはいないであろう。お前をわがマーケッ
トの責任者とする。わがトレーダーは皆、お前の命に従うであろう。た
だ王位にあるということでだけ、わたしはお前の上に立つ。」
 ジョージ・ソロスはタロウに向かって、「見よ、わたしは今、お前を
ウオールストリートの上に立てる」と言い、印章のついた指輪を自分の
指からはずしてタロウの指にはめ、亜麻布の衣服を着せ、金の首飾りを
タロウの首にかけた。タロウを王の第二の車に乗せると、トレーダーは
タロウの前で、「トランスフォーメション!!」と叫んだ。ジョージ・
ソロスはこうして、タロウをウオールストリートの上に立て、タロウに
言った。「わたしはジョージ・ソロスである。お前の許しなしには、こ
のウオールストリートで、だれも、手足を上げてはならない。」
 ジョージ・ソロスは更に、タロウに“TFX”という名を与え、シカ
ゴの祭司レオ・メラメッドの娘を妻として与えた。タロウの威光はこう
して、アートワールドにあまねく及んだ。
 タロウは、ウオールストリートの王ジョージ・ソロスの前に立ったと
き三十歳であった。タロウはジョージ・ソロスの前をたって、アートワ
ールドを巡回した。
 豊年の七年の間、大地は豊かな実りに満ち溢れた。タロウはその七年
の間に、アートワールドの食糧をできるかぎり集め、その食糧を先物市
場に蓄えさせたのである。タロウは、海辺の砂ほども多くの穀物を蓄え、
ついに量りきれなくなったので、量るのをやめた。
 飢饉の年がやって来る前に、タロウに二人の息子が生まれた。この子
供を産んだのは、シカゴの祭司レオ・メラメッドの娘である。タロウは
長男をジャンクと名付けた。また、次男をバリューと名付けた。
 アートワールドに七年間の大豊作が終わると、タロウが言ったとおり、
七年の飢饉が始まった。その飢饉はすべての市場を襲ったが、ウオール
ストリートには、どこにでも食物があった。やがて、ウオールストリー
トにも飢饉が広がり、トレーダーがジョージ・ソロスに食物を叫び求め
た。ジョージ・ソロスはすべてのトレーダーに、「タロウのもとに行っ
て、タロウの言うとおりにせよ」と命じた。飢饉はアートワールド各地
に及んだ。タロウは市場を開いてウオールストリートのトレーダーに穀
物を売ったが、ウオールストリートの飢饉は激しくなっていった。また、
アートワールド各地のトレーダーも、穀物を買いにウオールストリート
のタロウのもとにやって来るようになった。アートワールド各地の飢饉
も激しくなったからである。