『ナンセンス太郎』のソースは、
『ライフゲイムの世界』
ウイリアム・パウンドストーン 著
有澤誠 訳
日本評論社

p61-
第3章 マクスウエルのデモン

3.5 贋金作りデモン

 マクスウエルのデモンの経済上の場合を考えよう。これはもとのパラ
ドックスとは似ていない状況である。デモンはその王国にすべての財貨
を集めることで豊かになろうと考えた。すべての土地、すべての邸宅、
すべての自動車、すべての穀物など、すべての財を集めるのである。デ
モンは人のものを奪うつもりはないが、額に汗して働くつもりもない。
そこでデモンは贋金作りをすることにした。王国の通貨の原盤を正確に
模造したため、大蔵省の役人でも本物と贋金の区別がつかない。こうす
れば誰も欺かれることはない、とデモンは考えた。国民がデモンから受
け取る通貨は本物と区別がつかないから、それと気づくこともなく、そ
れ以後本物として通用する。その王国で流通しているすべての財の価格
全体を、10億ドル相当とデモンは見積もった。そこでデモンは10億
ドル分の贋金を用意して、品物を購入しはじめた。
デモンの贋金作りは経済上の永久機関である。ここでもやはり失敗に
終わる運命にある。その理由は次のとおりである。
デモンは最初に支払う通貨については、その価値相応の品物を入手で
きる。何も問題が表面化する前に、たとえば数百万ドルを使うことはで
きる。しかしデモンの贋金作りが誇大妄想的であるために、このもくろ
みは失敗してしまう。デモンは1ドルの価値ある品物ごとに1ドルの贋
金を作った。流通している本物の通貨と贋金の量は同じである。その結
果、デモンが贋金を流通させたことで、経済状況が変化してしまう。
贋金が出回ることで通貨の供給が増加し、この王国は急激なインフレ
ーションに陥る。品物の価格が高騰し、デモンはより高い買物をせねば
ならなくなる。贋金を余分に使えば使うほど、価格上昇もそれに追従す
る。デモンがすべての財貨を手にいれるずっと前に、贋金は底をついて
しまう。
贋金を余分に印刷すればするほど、デモンは紙とインクを余分に必要
とする。ある日手押し車いっぱいの10万ドル札で紙とインクの在庫を
補充した。その帰路、紙とインクの入った手押し車が、往路より軽くな
っていることに気づいた。もし紙とインクを購入するために支払った紙
とインクでできた贋金のほうがずっと重いのであれば、贋金作りのコス
トはできた贋金ではまかないきれないことになる。
これが十分多量の贋金にまつわる問題である。しばらくすると贋金作
りによって、その贋金を作る紙のコストがひきあわなくなるほどのイン
フレーションに達してしまう。それ以後は贋金作りは無意味である。贋
金を作れば作るほど損失が増大するからである。

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 すべての知識は贋金である。世界のある部分での知識を獲得するため
には、他の部分での知識を犠牲にせねばならない。無知は移動するだけ
で、消滅はしないのである。

科学は人間の目的や理解により関係のある特定の情報を抽出する過程
なのである。