title:Art shit ver.3.0j
木村応水 作
2000


 『サクセス』 マーティン・エイミス
「やあ、ハーイ」とおれは言った。「元気かい、おれだよ、糞ったれ君」
一台の車が通りを通過した際、破滅したヒッピーの顔に一条の光を投げ
かけた。ヒッピーは目覚めていて、目を開けていた。その目はおれのほ
うを見ていた。「でか糞野郎」とやつは言った。
「諸事まだばら色かい? 人生はまだきみを正当に扱っているかい?」
「ああ」
「中にはチャンスをことごとくつかむやつもいるんだが……おい、きみ
はこの棲み家になにか手を加えたな。ようすが変わっている。修繕かな
にかしたの? 現金をまた残らず遣ってしまったの?」
「あんたは面白くもなんともない」
「きみだってそうだ。きみはなにものでもない。犬の糞ほどの値打ちも
ない」
「糞ったれ」
「糞ったれ? 糞ったれだと? 言葉に気をつけたほうがいいぞ、浮浪
者」おれは跪いて、囁き声で付け加えた。「おれはきみになんでも好き
なことができるんだ、このばかヒッピー。だれがきみを守ってくれるん
だ? きみがどうなろうと、だれが気にするんだ? だれも気づきもし
なければ、気にかけもしない」
「糞をしに行け、糞ったれ」


 『トレイン・スポッティング』 アーヴィン・ウエルシュ
 痙攣や痛み、冷や汗にくわえ、中枢神経がほとんど完全にいかれてい
るせいで、腸が全開で働きはじめていた。ガスが移動する不快な感覚。
長い便秘の果ての下痢の前兆。どうにかフォレスターのアパートの前ま
でからだを引きずっていった。俺が苦しくてたまらないのだとフォレス
ターにはわかるだろう。もとジャンキーの売人は、禁断症状に襲われて
るやつを一目で見抜く。だが、ここまでせっぱつまっていることを、や
つに知られたくなかった。
 パンツを引きずり下ろし、濡れた冷たい陶磁製の便器にけつをのせた。
腹の中味をあける。大腸、小腸、胃、脾臓、肝臓、腎臓、心臓、肺それ
に脳みそまで、何もかもがけつの穴を通って便器に落ちてったような気
がした。糞をしていると、顔にハエがたかってきて、背筋がぞくぞくし
た。俺は一匹を捕まえようとした。意外なことに、一発で捕まえられた
から有頂天になった。力を入れる。ハエは動かなくなった。手を開いて
みると、ばかでかいアオバエだった。毛の生えた薄汚ない干しぶどうみ
たいなアオバエ。
 目の前の壁にハエをなすりつけた。ハエの内臓や肉、血液をインクに
して、人差し指で「H」と書く。次に「I」、「B」。最後に「S」を
書きはじめたが、インクの在庫が心細くなった。そこで、インクがあり
あまっている「H」から借りることにし、「S」を書きあげた。糞だめ
に滑り落ちないように気をつけながら、けつをできるだけ後ろにずらし、
作品を鑑賞した。卑しいアオバエが、俺にあれほどの不快感を与えたア
オバエが、鑑賞に堪える芸術作品に姿を変え、俺を喜ばせている。これ
は、俺の人生の他のことだって当てはまる前向きなメタファーなんじゃ
ないかと、実に洞察に満ちたことを考えていたとき、自分がしでかした
ことに気づいた。ショックで全身が麻痺した。冷たい恐怖が体を駆け抜
ける。一瞬、凍りついて動けなかった。だが、それもほんの一瞬のこと
だった。


『ホロン革命』 アーサー・ケストラー
性的な動機が、いやときには糞便に関することでさえ、芸術作品に入
り込む可能性は大いにある。


 『真夜中の子供たち』 サルマン・ラシュディ
 真夜中、もしくはその時分。畳んだ(そしておろしたての)黒い傘を
持った男が鉄道線路の方から歩いて来て、立ち停まり、しゃがみこみ、
脱糞する。そして光を背にうけてシルエットになった私を見て、覗かれ
たことを怒るかわりに、「これを見ろ」と叫ぶ。そしてかつて見たこと
もないほど長い糞をひりつづける。「十五インチだ」と彼は言う。「あ
んたはどれくらいのをひれるかね」もっと元気だった頃なら、私は彼の
生涯の物語を語りたくなったことだろう。その時刻と、傘を持っている
という事実だけで、彼は私の物語のなかに織り込まれるための条件を十
分に備えていると言えそうだ。事情が許せばきっと私は、私の生涯と闇
の時代を理解したいと思う人にとって、彼の存在が不可欠であることを
証明して終ることができたであろう。しかし今、私は電源を切られ、プ
ラグをはずされて、墓碑銘を書くことだけが残された人間だ。だから、
脱糞選手権保持者に手を振りながら、「調子のいい日は七インチだ」と
答えて、彼のことは忘れることにした。


 『ありきたりの狂気の物語』(短編集) チャールズ・ブコウスキー
 『日常のやりくり』
「あんたはイカれてんのよ。そんな叫びまくって」
「うるせえ、黙れ! おれはミスをした、技術的なミスをしたんだ! お
れはガキだった、だからこの世の糞まみれのルールがわかってなかったん
だ」

 『ハリウッド東のふうてん屋敷』
 糞についてもう少しいえば、私は癌よりも便秘のほうが怖い(キ印ジミ
ーにはじきに戻る。さきほどいったように、これが私の書き方なのである)。
一日でも糞が出ないと、どこへいく気にも、何をする気にもなれなくなっ
て、あまりの悲しさからしばしば、体内の詰まりを除いて通りをよくする
ために、自分のペニスを吸おうとする。試したことがある人なら知ってる
だろう、自分のモノを吸うのはたいへんなことだ。背骨や首の骨や、筋肉、
とにかく体全体にかなりの負担がかかる。こすりながら、口に届くように
目一杯長く伸ばしていると、まるで拷問台の生き物みたいに倍の長さにな
る。両脚は頭の上で二手に別れてベッドの横棒にからみつく。肛門は霜の
中で死にかかった雀のようにひきつる。大きく張り出したビール腹のとこ
ろで体が二つ折りになる。筋肉を包む皮はビリッといきそうだ。そして何
が悔しいって、ここまでしても、五、六十センチ届かないというのではな
く、舌の先がペニスの頭にいまにも触れそうなところまでいくにはいくが、
あと三センチ届かないことだ。これは永劫の距離である。または六十キロ
の。神は……神じゃなくてもいいが、ちゃんとわかっててわれわれの体を
創ったのだ。
「アンソロジーを出そうと思うよ」とオランダ人がいった。「現存する最
高の詩人たちのアンソロジーを。本物の詩人たちのという意味だよ」
「いいな、やれよ」とウィリーはいった。それから私に「いいウンチが出
た?」
「シブいね」
「シブかったの?」
「シブかった」
「繊維質のものをとらないと。もっとエシャロットを食ったほうがいいな」
「そんなものかな」
「ああ」
 私は手を伸ばして取ったエシャロットを二個、噛んで胃に落とした。き
っとつぎはスンナリ出るだろう。


 『コック&ブル』 ウィル・セルフ
 そして排尿排便を忘れることができようか? 我々は決してこれらを忘れ
てはならない。時々私は、自分の体が、薄く皮をかぶっただけの、排泄物が
詰まった一本の巨大なクネる腸(はらわた)であるという感じがする。ニー
チェはだね、便器の上で苦悶したのだ。『この人を見よ』で奴は、ケツを凝
固させる食い物であるビールとソーセージゆえにドイツ人を呪っている。も
う一人の狂人去勢動物であるゴーゴリのように奴は北イタリアの諸都市をう
ろつき回って、パスタが入ったでかい制酸ボウルの中に消化救済を捜し求め
たのだ。

『夜の果ての旅』 セリーヌ
一方の婦人は丁重に辞退した、そして、大いに興味をそそられた、もう一
人の婦人に、ひそひそ声で盛んに説明に乗り出した、実は医者に甘いものは
一切禁められているのだ、彼は、彼女の医者はすばらしい、すでに当市をは
じめ各地で便秘の治療に奇跡を行なっている、ことに彼女が十年以上もまえ
から苦しんできた糞づまりを、まったく独自の食事療法と、彼だけが心得て
いるすばらしい薬で治療してくれている最中だ、と。便秘の問題となれば婦
人たちはおいそれと負かされてはいなかった。だれにもましてそいつで、便
秘で苦しんでいるつもりだったのだ。承知しない。証拠がなくちゃ。疑われ
た婦人はただこうつけ加えた、いまでは(便所に行くとガスばかり飛び出し、
花火を打ち上げるみたいだ・・・・最近の便通ときては、どれもこれもすご
くこちこちで手ごたえがあり、そのためずいぶん用心しなくちゃならない・
・・・ときにはそいつが、最近のみごとな便通が、あんまりかんかちこなも
んで、肛門にすごく痛みを覚える・・・・張り裂けそうな・・・・だから御
不浄へ出かけるまえにはワセリンを塗っておかなくちゃならない)と。れっ
きとしたものだ。

恋をするのは簡単だ、むずかしいのは均衡を保つことだ。糞のほうは、長
生きも、成長も願いはしない。その点では、僕たちは糞よりもはるかに不幸
だ、現状を維持したいあせりが、とほうもない拷問を構成するのだ。


『怒りの惑星』 パオロ・ヴォルポーニ
こびとは今やその辺にいっぱい排泄された糞の臭いに悩まされた、新たな
食物には便通効果もあったからだった。エピストラの糞の臭いは強烈で、暗
示や憶測に満ち、胸はむかつき、脳みそは仰天するほどだった。

一行は気力を取りもどして相変わらず続く煉瓦の道の上をまた果てしなく
進んで行った、そのうち煉瓦の道はしだいに柔らかくなり、やがて軽石のよ
うな多孔質のものに変り、少しのち、つまり五○日ほどというのは・・・・
少なくとも小人の計算ではそうなるわけで、彼は時折り根気よく六○まで七
・八回数えて一時間を算出し、それからまた次の一時間、さらにもう一時間
と十二回繰り返して二十四時間を割り出した・・・・二十四時間という単位
を彼は足の疲れ具合や、腹がぐうぐうと不平を鳴らす具合や、大気の感じに
よっても算定した、そしてあらゆる算定方法の正確さを検証しうるものはエ
ピストラの脱糞回数であったが、それは彼がいちばん規則的に栄養を摂取す
るので、脱糞作用もいちばん規則的だったからである。エピストラは一週間
は排便せずにいられたし、ロボアーモになるとそれが1ヵ月にわたった。
ところが鵞鳥は無頓着に絶えず糞を垂れ続けるものだから、とにかくよく気
がつくエピストラは一度立ち止まって鵞鳥の括約筋とそこからひり出される
軟塊とをまじまじと眺めていたが、それはきっと尻の穴から臓腑や肉が覗い
ていて、その黄ばんだ恐るべき穴の抑えようのない欲求にかられて、おのれ
の臓腑や肉をすりつぶし、押し出しているのではないかと心配になったから
だろう。

「おれの愛情なんか糞のかけらみたいなもんだ」と小人は結論した。
「おれにはそれがよくわかってるんだ。Vous seul, vous m' avez reconnu
(お前だけが、お前だけがおれをわかってくれる)・・・・もしかして臭い
でわかるのか?」